ONE AND ONLY !!

By wps.

どんな小説が好きかと聞かれれば(大崎善生「パイロットフィッシュ」)

「主人公の過去と現在を対比させるような話が好きです」と答える。この作品はその最たるものだ。

月日が経つにつれて変化する主人公の心情が描かれた作品は面白い。爽やかな装丁で、文体も重すぎず、されど哀しい過去を背負った主人公の行方が気になる。そして、絶妙なポイントでハッとさせるような台詞を登場人物に喋らせる。作中を通して思想家の独白になりがちな白石一文の作中と違って、大崎善生の作品は誰にでも読み始めやすく、それでいて思いのほか内容が詰まっているのだと思う。でなければ、そんなにストーリーがあるわけでもないのに、本棚に置いておく気になるはずがない。

自分にとっては好評でも部数を伸ばしていないのは、クライマックスの場面以外に醸し出される無気力な雰囲気や、あっさりし過ぎる一方で巻き起こる突拍子もない展開が気に入らない人がいるからだろう。かくいう私も、他の作品と異なり大崎善生の名作「パイロットフィッシュ」を長々と推すことができないのだから妙な話だ。レビューを書こうにも、作品があっさりしているせいかそんなに引き伸ばせない。つべこべ言わず、一度読んでみてほしいと言いたい。

エロ本専門の出版社で働く編集者である主人公は、十数年振りに大学時代に別れた彼女から連絡を受ける。そして、彼女との出会いや別れるに至った経緯を思い返し、自分の身に降りかかる仕事上の変化と重ねながら、彼女と再会するというのが基本的なストーリーだ。本作「パイロットフィッシュ」は、大崎善生のもう一つの名作である「アジアンタムブルー」の後日談に当たり、最近出版された「エンプティスター」の前日談に当たる。「アジアンタムブルー」は「パイロットフィッシュ」が描いていない、大学時代に彼女と別れて以降の悲しい恋愛を描いている。同じ主人公を軸に異なる時間軸を舞台として展開しているのだが、全く別物に捉えても十分に味わい深い。言うなれば、「パイロットフィッシュ」は渋目の恋愛小説、「アジアンタムブルー」は濃い目の恋愛小説といったところか。このおっさんなにがしたいんだろうか…と読み進める内にハッと気づかされるのが「パイロットフィッシュ」の、恋人の死をテーマにした甘ったるい小説なんか…と防御線を張っていてもつい涙腺が緩みがちになるのが「アジアンタムブルー」の威力なのだった。

長い小説は人を退屈にさせやすい。どんなに良い小説でも、長さゆえに簡単に放り投げてしまう人もいる。だから、小説に馴染みのない人にオススメを聞かれた時には、「とりあえずこんなの読んでみたら?」と私は「パイロットフィッシュ」を手渡すようにしている。大学時代、私の部屋に入り浸っていた友人にも、そう思いながら本棚の「パイロットフィッシュ」を貸したのだった。そんなことを思い出しながら読み返してみた「パイロットフィッシュ」は、やはり無気力な主人公に共感しづらかったけど、突き詰めれば男が抱きそうな人生の不安とか決断のできなさを、絶妙に拾っている気がした。

投稿:8/15/2012