ONE AND ONLY !!

By wps.

心の暗部を容赦なく(宮部みゆき「誰か」「名もなき毒」)

時として人は残酷な生き物だ。その想像力が故に、他人を傷付ける。

宮部みゆきは、人の想像力が生むある種の「毒」が他人を傷付ける様を容赦なく描いて小説にした。「誰か Somebody」と「名もなき毒」は、今多コンツェルン広報室に勤める一介のサラリーマン杉村三郎が、探偵の真似事のようなことをして謎を解き解していく話である。2010年に地方紙で連載されていた「ペテロの葬列」も、同じく杉村三郎を主人公にした作品であり、いずれ出版されることになるだろう。「殺人事件の犯人を探り当てる」という単純なミステリーではないまでも、事件関係者と近しくなったがために、捜査に期せずして関わり、事件の核心に迫ることになる構図は、読んでいる者を飽きさせない。

2作品に共通するのは、杉村三郎や周囲の人間が抱える「幸せ」と「不幸せ」ではないかと思う。杉村三郎は、絵本専門の出版社で働いていたが、大企業今多コンツェルンの会長の娘菜穂子と知り合い、結婚して一人娘にも恵まれる。しかし、身分違いの家と結婚することを反対され、両親や兄弟とは絶縁状態になってしまう。また、結婚の条件として今多コンツェルン広報室で働くことになったことで、周囲や会社外の人間からも、「今多コンツェルン会長に連なる者」という見方をされるようになる。杉村三郎は、そんな「幸せ」と「不幸せ」を天秤にかけながらも、自分の妻や娘との幸せな家庭に満ち足りた気持ちを感じながら生きている。

「誰か Somebody」は、会長のお抱え運転手である梶田信夫が轢き逃げされたことによって死亡したことで、幕を上げる。残された娘のうち、姉の聡美は幼年期の衝撃的な体験から、梶田が他人に言えない秘密を抱えていたのではないか、そのせいで梶田は殺されたのではないかと考える。一方で、妹の梨子は姉の思いなど露知らず、梶田の一生をまとめて本にしようとする。杉村三郎は、会長の命を受けて姉妹の相談に乗るが、調べていくうちに、梶田信夫の暗い過去と、そんな過去があったからこそ対照的な聡美と梨子の関係が明らかになっていく。真面目に生きていた梶田信夫だったからこそ抱えることとなってしまった秘密と、秘密によって幸せな一家の中に生じてしまった歪みがもの悲しい。

「名もなき毒」は、都内で発生した連続毒殺事件と、今多コンツェルン広報室のを辞めることになった原田いずみを巡るトラブルを並行的に描いた作品だ。杉村三郎は、毒殺事件の被害者家族と知り合い、恵まれない過去を背負った犯人の悲しい罪を知る。また、「生まれつきの嘘つき」という病にかかった原田いずみの過去と、原田いずみに関わった多くの人間が傷付いてしまっていることを知る。幸い、杉村三郎は最悪の事態に陥らずに済むが、家族に多少なりとも傷を残す。

どちらの作品も、人間の吐く「毒」をオブラートに包まず、また、人間の不幸を逃げずに書ききるためか、読んでいるのが辛くなることがある。だからこそ、登場人物達が見せる優しさには、逆にホロリとしてしまうのかもしれない。人は誰でも自分勝手に生きたいものだし、行いはどうあれ、気持ちでは卑しいことを考えてしまう。時には気持ちの中だけでなく、口から出てしまうことだってある。私たちの現実の世界では、多少の暴言をうやむやにしてしまうけれど、そういう人間の性質と真摯に向き合うことも必要なのではないかと思うのだ。

宮部みゆきは、幅広いジャンルの作品を世の中に出してきた。恥ずかしながら、私はほんの一部しか読むことができていない。にもかかわらず、今回このように紹介させてもらったのは、やはり「誰か Somebody」と「名もなき毒」が非常に人間の心に迫り、誰しもが考えさせられる作品であると感じたからだ。杉村三郎シリーズの第3作となる「ペテロの葬列」にも、大いに期待をさせてもらっている。

投稿:3/31/2013