小学生にこの切ないマンガは早すぎる。
20歳を越えて少女コミックを読むことになるとは思いもしていなかった。親戚の小学生に勧められるがままに読み始めたのが運のツキ、気付けばその小学生よりも新刊の発売に敏感になってしまっていた。あなたは少女コミックを舐めてはいないだろうか？少女コミックだって、人の恋愛を描くという点においては恋愛小説と違わないし、大人の恋愛が中高生の恋愛より高尚かというとそんなこともない。「さくら前線」はおおばやしみゆきの間違いなく名作である。
世の中の男女なら誰でも経験しそうな切ない気持ちをこれでもかと盛り込んだ恋愛を、６巻という限られた巻数に簡潔にまとめ上げた手腕は、まさに剛腕と言うべきではないだろうか。巻末の作者近況で、〆切を何度も破って作り上げた過程が見てとれるが、作品の随所に込められた展開を見るにつれ、作者の並々ならぬ苦労を感じとることができる。
主人公の中原さくらは、中学時代、紆余曲折の末クラスメートの斉藤由紀と両想いであることを確かめ合うが、交通事故により斉藤由紀を亡くしてしまう。その後高校に入ったさくらは、斉藤由紀とそっくりな結城伸一朗と出会い…。という話だが、中学時代の手探りだった故に周りを傷つけた恋愛と、高校時代の少しだけ進歩を見せる恋愛の対比が面白い。いわゆる、「好きだった人が死んでしまう系」の話であり、その先のストーリーは見えてしまっているのに、それでいて、読者を放さずに繋ぎ止めておく力がこの作品の魅力だ。
少女コミックなだけに荒唐無稽な展開を見せるかと思いきや、意外にオーソドックスな恋愛をしっかりと追っているのだ。なかなか片想いの相手が振り向いてくれないもどかしさとか、根拠のない自信が砕かれたりとか、小学生が理解するのは難しいんじゃないかとさえ思える心理描写に、初読の際は脱帽だった。読み返すたびに、「そうそう、こんな気持ちあるよな」と頷いてしまいたくなるのがニクい。少女マンガなだけあって、コミカルな展開だったり、少し横道にそれたりすることもあるが、そうした展開でさえ伏線としてしっかり回収しているから心配することはない。
周りに子供がいたらぜひ買い与えたいし、マンガに抵抗がない大人にはなにかのついでにプレゼントしたっていい。最終巻発売から４年も経った今でも、恋愛に疲れた時は度々読み返す。主人公ほどの大恋愛はしていないけれど、有形無形のしがらみに挫けそうになった自分には、ちょうど良い緩和剤になる。毎年春が来れば、ラストページのあの迫り来る桜の描写を思い返し、少し元気になる。悲しいかな、年を取りつつある自分にとっては、少女マンガが恋愛のバイブルらしい。
