ONE AND ONLY !!

By wps.

スポーツ小説の面白さを教えてくれた(野沢尚「龍時01‐02」)

どうやっても続編を読むことはできない。けれど、一度は手にとってみてほしい。

野沢尚は著名な作家だが、むしろ著名なテレビドラマ脚本家だった。ブリリアントグリーンが主題歌「Forever to me 〜終わりなき悲しみ〜」を歌った「眠れぬ夜を抱いて」や、木村拓也主演の「眠れる森」などは、記憶の片隅で憶えている人も居るだろう。NHKで放映されて話題を呼んだ「坂の上の雲」の脚本にも携わっていたのは意外と知る人は居ないかもしれない。そもそも、野沢尚はテレビドラマの脚本家として有名になり、その傍らテレビドラマの原作となるような小説を意欲的に出してきた。

そんな野沢尚はもうこの世に居ない。当時大学生だった私は、大学で「文章の書き方」という講義にもぐっていたのだが、その講師が当日の講義の開口一番「惜しい人が亡くなってしまった」と話したのを憶えている。自殺してしまったのだ。私はそれ以降、野沢尚の作品を意識的に読むようになり、数々のテレビドラマや映画が野沢尚の手によって産み出されていたことを知った。そして、「龍時」シリーズを読んだときに、初めて「いかに野沢尚の死が惜しいものであったのか」を知ったのだった。それくらい、未完のまま終わってしまった「龍時」が自分の中で印象的な作品となった。

主人公の高校生志野リュウジは、ピッチで暴れ回れる自分の能力を発揮できない日本のサッカーに限界を感じ、スペインのユースチームに加入して頭角を現していく。そして、スペインのプロチームや日本代表のオリンピックチームの一員として、時に困難にぶつかりながらも成長していくのだった。すなわち、「龍時」はサッカープレーヤーとしての志野リュウジの、単なるサクセスストーリーである。あらすじだけ読めば、小説というよりマンガでやる方が適していそうだが、そんな内容を小説として形にしようとしたのが野沢尚なのだ。作中では、いくつもの試合を文字で起こしており、一つ一つのプレーを頭で思い浮かべることができる。サッカーのような大人数のスポーツを小説で描き出すところに、野沢尚の想像力がいかに突出していたかが表れていると思うのだ。

私はサッカーをほとんど知らない。ワールドカップのときなんかはさすがに興味が湧くが、一過性のものだ。スポーツ番組やニュースにも気をとめることもないし、そもそも苦手なので、ネガティブなイメージしかなかった。しかし、そんな自分でさえ、野沢尚の「龍時」は楽しめたのだた。特にシリーズ第一作の「龍時01-02」は、プレー内容の描写もさることながら、日本から新天地へ向かうリュウジの葛藤や、家族との絆をみごとに描いている。リュウジがサッカーにのめり込んでいく様子に理解を示していないように見えた母親が、実は心の底からリュウジの活躍を願っていたことが分かる場面などは、涙を誘う名シーンだろう。恋人である八木沢千穂との別れなど、サッカー話に挟み込まれた恋愛模様も心に迫ってくる。野沢尚の急逝により、第三作でシリーズは終了してしまった。リュウジの成長と共に変化していったであろう人間関係の行く末をもう知ることができないのが何より寂しい。

野沢尚は様々なテーマで作品を書いてきた。新興宗教団体によるテロを描いた「魔笛」、自分の母親を殺した殺人者の娘に友人として近づく「深紅」といったサスペンスが多いが、「ふたたびの恋」のような恋愛小説もある。テレビドラマや映画の脚本家として活躍していただけあって、作品の一つ一つに映像化しても遜色ないほどの盛り上がりがあり、多くの人から好かれる作家だったのではないかと思う。野沢尚が亡くなってからもう何年も経ち、映像化された作品を知らない人達も多くなってきてしまっている。もう「龍時」の続きを読むことはないし、野沢尚の新作を読むこともない。けれど、時には読み返し、野沢尚という作家が居たことを思い出してみようと今回改めて手にとってみて思ったのだった。

投稿:3/09/2013